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写真番号[21]
■厳原・大町通りの十王小路(じょうしょうじ)前、八幡神社のお祭の仮装行列のワンシーン。左の薬局は滝川薬局。[古写真上映会より](西@管理人)
■大町通りです。左の武田商店は、学研です。(山)
■「果実と食料品 武田商店」の看板が見えます。踊っている女性の列の奥に、唐傘に下駄履きのバンカラな男性が・・・。これも対馬?(西)
写真番号[22]
■桟橋の手前の岩を削ったあとが生々しく写っています。
1960年ごろ、ここを削ったのです。
もう一つ、郵便局の南側太田商店の北隣に、二階建ての洋館が認められますね。
これも1964年ごろには建て替えられて「タケフジ」と言う店に変わりました。(三浦轍司)
■三の丸あたりからの画像でしょう。(h)
■多分、ビジターセンターの上のほうから撮った厳原港方面ですね。斜めに走ってるのが大町通り。郵便局が見えます。九州郵船の桟橋に泊っているのは対州丸かな?(JAN)
写真番号[23]
■漁業が盛んだった頃の厳原町・川端通りの夜の風景です。イカや魚を追って全国から漁師さんが訪れ、川端の夜は空前の活況を呈していました。厳原町内だけでも銭湯がいくつもあったとか。(西)
写真番号[24]
■鈴木の家が写っています。
西の浜が埋め立てを始めたのは1955年ごろだったように思います。
それまではこの写真のように矢来が昔のままに残っていました。(三浦轍司)
写真番号[25]
■この写真と23の写真は同アングルですね (フォルツァ)
■多分、祇園前の橋から上方面を眺めていると思います。(山)
写真番号[26]
写真番号[27]
■中央に有る橋の左側角が金石館、道路を挟んで長瀬薬局(当時も?)(フォルツァ)
■川端通り?を立亀岩の上から撮ったもの?(JAN)
写真番号[28]
■火の見やぐらが、木製だった時代をはっきりとは記憶してはいないのですが、私はこの、新しくなった火の見やぐらと電話ボックスの間を通って幼稚園に通いました。昭和28年ごろです。
黒い電話機があって、ハンドルをガリガリ、と回して受話器をとり、交換手に番号を告げると、「では、10円入れてください」といって、通話が出来ました。(三浦轍司)
■郵便局,入って左側に木製の私書箱が並んでいました。(杉)
写真番号[29]
■高等女学校は桟敷原の裏道りの高台に有ったと母に聞いたことがあります。昭和50年頃はそこに高校の寮が建っていましたが今は?(フォルツァ)
■1.今(H17年)の支庁の独身寮付近にあった対馬高等女学校ではないでしょうか。女学校は、昭和23年の学制改革でなくなっているのでそれ以前のもの。
2.H16年に77歳の方が15,16歳の頃のものだと思います。[古写真上映会より](西@管理人)
■この写真で見る限り厳原町今屋敷教員養成所だと思います。
昭和32年に対馬を出ましたのでその後教員養成所がいつ廃校になったかは定かでない。(福岡在住の者)
写真番号[30]
■豆酘中学校(現在の豆酘小学校)の運動場。ただ、走っている人が大人のようなので、玄海オリンピック(五島・壱岐・対馬の離島体育祭。昭和24〜昭和46年まで行われた)ではないか。[上映会より](西@管理人)
■豆酘中の運動会ではないかと思います。
いつ頃でしょうか・・(C−NA(本名))
写真番号[31]
■昭和35〜36年頃の中学校の全島大会ではないでしょうか?
上県町のプラカ−ドの後ろにいるハンチング帽の先生に見覚えがあります。(sakenomi)
■ 「鉄砲安の生涯」の右側の幕は「猫が変じて虎になる」という映画です。これと前後して、「君恋し」という映画がかかったので私の中学時代です。昭和37年です。
厳原では西川端の「公楽」が、夕方、女性の声で「街頭の皆様、こちらは公楽、公楽でございます」といって2本立て上映映画の解説をしていました。2週間上映するとフィルムが田舎回りをしたのです。(三浦轍司)
■ 確か36年は比田勝で中学校の全島大会が在ったと思います。
私が中2の時球技大会でバレ−ボ−ル選手で出ましたので・・。
確か陸上競技と球技大会を上島と下島で交互にやっていように記憶しています。
55歳〜60歳位の方か学校関係の方なら記憶に在ると思います(sakenomi)
■ 36年、37年と近似値でほっとしました。
映画は半年以上も先くらいまで、こういう作品が製作されて配給されます、ということで、ポスターやチラシが映画館に張り出してありました。ですから、上映中でなくてもいろんな作品の名前が映画館にあふれていても不思議じゃないと思います。
私は、玄海シネマの横に住んでいたので、映画が大好きでそこで、この作品を見たのかもしれません。
シネマスコープという凹面の横に広がった画面で、勝新太郎扮する鉄砲安が、ロシアの皇太子を撃つ、というストーリーでした。記憶に色はついていないのでモノクロだったかもしれません。
36年の球技大会の日が判ればいいですね。(三浦轍司)
写真番号[32]
■集団就職に限らず就職、転勤シーズンの3月頃は毎日のようにこんな風景が見られましたし、盆、正月にも。たぶん飛行機が就航した頃まで?立亀岩の下には、お土産物店が並び、色とりどりの紙テープが軒先にたくさんぶらさげて売られていました。なつかしい・・・・(フォルツァ)
■対州丸の前は、大衆丸という船がいました。(フォルツァ)
■この写真の船は、窓やテラスの形状から壱州丸だと思います。(kidgoat)
■集団就職で厳原港から旅立つ情景でしょうか。(田中 芳文)
■壱州丸(600t)が就航したのは昭和32年、対州丸(650t)が就航したのは昭和38年とのことなので、昭和32〜38年の間の写真なんでしょうね。集団就職が盛んなころでしょうか?(西@管理人)
写真番号[33]
写真番号[34]
■久田道の恵比寿神社前(山)
写真番号[35]
■美女塚ですね、この2人のモデルさん知ってます。(C−NA(本名))
写真番号[36]
■昭和30年代、台風で豆酘中学校のそばまで高波で海岸線が破壊され、写っている道路はその後の仮設の道路です。(N)
■時代ははっきりしませんが,豆酘中学校です。(現在の豆酘小学校の所です)公舎の左端に見えるのが,講堂(兼体育館《その当時の》)(川上 肇)
写真番号[37]
■間違いなく厳原港です。
右下の住田商店は、私の実家です。(今井)
■おそらくNo11と同じ場所(美津島タクシーあたり)から撮影したものでは?右下の鉄筋の2階建ては住田商店です。(建物は今も同じで、昭和45年にはありました。)その右側に新出光GSがあって観光道路の上り口があります。(JAN)
■厳原港ではないでしょうか?
大きな岩に見覚えがあるのですが・・・
たしか、いまはあのあたりから観光道路が通っているはずです。(kei)
写真番号[38]
写真番号[39]
■手許に1957年10月25日発行の「岩波写真文庫 242 長崎県 −新風土記ー」があるのですが、その4ページ目の写真と船の配置が全く同一で、本は下、六分の一ほどがカットされています。(三浦轍司)
■ここは豆酘ですね!昭和30年以前の豆酘の写真だと思います。
(豆酘の漁師)
■「2万5千分の1」地図で確認すると、地形・道路・海岸線がぴったりと合います。
道路は今とほとんど変わっていませんが、漁港施設(防波堤・護岸・繋留場など)が大きく様変わりしています。
(岩魚)
■多分、移転前。あくまで豆酘と仮定しての話ですが、他の写真で”豆酘中の運動会ですね。いつ頃でしょう?”と書いてあった校舎は現存してて、厳原方面から下った坂の右側にあるはずです。(旧校舎?1年以上行ってないけど)。
この写真で言うと、現在は、左側・海岸よりの森(?)のあたりには鉄筋の小学校が建っていて、駐車場になるかな?中学校はもっと左の、写真には写らないはみ出した位置にあるのではないでしょうか?川の河口近くの道路と交差するあたりの、NTT豆酘局もその向かいの釣具屋さんもなく、田んぼのままなので、それ以前の写真かも?しかし、清水丘厳中の写真もそうだけど、これってどこから撮ってる?航空写真かな?(Jan)
■確かに川や交差点の位置関係ははまってますね。
ただ気になる点が…。
中学校が写ってないみたいで…。(撮影時、中学校があったかどうかはわかりませんが)(h)
■街の真ん中の交差点や川の位置、路地の感じが豆酘っぽい気がします。豆酘の人に見せてみたらどうでしょう?(JAN)
写真番号[40]
■懐かしいですね、小学校の3年間を対馬で過ごしましたが、亡くなった兄と、よく八幡宮には遊びにいきました。(takigawa)
■右側は第一鳥居、石垣、樹木は松。左側は友納教科書取扱店。(桟原久之助(代理・西@管理人))
■提灯が吊るされたのは秋の祭礼の頃です。
1955年、私が幼稚園の頃に見た左側の敷地は電電公社が立つ前で、広い空き地でした。
そこには電信柱が積んであったり、ケーブル線を巻くための大きな平たい糸巻きのような形をした木製のものが転がしてありました。
建造物があるということは、それ以前ということになります。(三浦轍司)
■誰が見ても、これは、八幡神社のとこでしょう。(h)
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