
シーカヤックアドベンチャー ~無人島の聖地「志賀神社」と狛犬の話~
こんにちは、久しぶりにシーカヤックを12キロほど漕ぎ、「心を解放する旅」にあらためて魅了されたエヌです。
今回は、浅茅湾に浮かぶ聖地「志賀神社」の探訪記をお届けします。
「志賀ノ島(しかのしま)」へ
さて、はじまりは、対馬エコツアーの上野さんから1通のメッセージ。
「急やけど、7/12(日)の午後から、シーカヤックで志賀神社に行かん? アトランタオリンピック(1996年)にカヌーで出場した、対馬高校のN先生も一緒よ」
もちろん返事は「ぜひ!」の一択。
実はこの計画、1回目は法事、2・3回目は大雨・強風で延期となっており、4度目のチャレンジでした。
私がどうしても行きたかったのは、浅茅湾(あそうわん)に浮かぶ無人島「志賀ノ島(しかのしま)」です。

【志賀ノ島/志賀神社】 長崎県対馬市美津島町今里293 >> Googleマップ
対馬の自然・歴史などの調査をずっと行っており、昨年度のテーマは「狛犬」だったのですが、無人島に鎮座する神社など未確認の場所が残っていました。
特に、美津島町尾崎の道路から遠くに見える無人島「志賀ノ島」は、島全体が聖地(志賀神社)で、遠目にも狛犬らしき姿が確認でき、ずっと気になっておりました。
夏空広がる当日、古代山城・金田城のふもとから出発
そして迎えた7月12日(日)、8日に梅雨明けが発表されたばかりの対馬は、どこまでも夏空が広がっていました。
集合場所は、対馬が誇る古代山城・国指定特別史跡「金田城」のふもとにある、対馬エコツアーの艇庫です。

本日のメンバーは、対馬エコツアーの上野さんと古藤さん、対馬高校のN先生、そして私の4名。
いざ、浅茅湾へ!

シーカヤックの視座は低いため、空はとても高く、海は近く大きく感じます。
どこまでも青い空と、夏の海の透明度、地層の迫力を感じながら、漕ぎ進みます。

金田城や霊峰・白嶽(しらたけ)を遠くに望みながら、向かい風の浅茅湾を進みます。
N先生は、1996年アトランタオリンピックの500mカヌー代表選手。トレーニングで1日数十キロを漕ぐこともあったとのことで、逆風の中でも余裕のパドリングでした。
島々をめぐる
対馬のモンサンミッシェル「黒太郎(くろたろう)島」

最初に上陸したのは「黒太郎島」。

干潮時には歩いて渡れる陸繋島(りくけいとう)ですが、満潮時には完全に島となる、対馬のモンサンミッシェルです(笑)。
かつて対馬に豊かな実りをもたらそうとした神様が、そのまま島に化身したという伝説が残っています。
経典が流れ着いた? 「経島(きょうじま)」

続いて見えてきたのは、美津島町加志にある「経島」。
こちらも島全体が神社で、その昔、この島に経典(お経)が流れ着いたという、不思議な伝承があります。

美津島町加志浜の道路から鳥居が見えるので気になっていました。「金比羅神社」の扁額は落ちて、下に設置してありました。
海神の聖地「志賀神社(しかじんじゃ)」
パドルを漕ぎ進めることしばし、ついに目的地である「志賀神社」(志賀ノ島)へ接近します。

むき出しになった荒々しい地層で形成された島には、厳粛な雰囲気が漂っていました。

島の風裏側に回り込むと、しっかりした石積みの上に鳥居と社殿が見えてきました。
しかし、この時はちょうど干潮で、シーカヤックを寄せる上陸ポイント確保に苦労しました。

なんとか上陸すると、拝殿・本殿は小さいながらもきちんと手入れされており、凛とした姿に感動しました。

ちなみに、この「志賀(しか)」という名前は、福岡の「志賀島(志賀海神社)」や、能登の「志賀町」、さらには「滋賀県」など、古代の海洋民である「阿曇(あずみ)氏」にゆかりのある場所に多く見られるようです。
対馬にある志賀神社(志古島神社/敷島神社)も、海神族のネットワークとつながっていたのでしょうね。
>> 阿曇氏/安曇氏(Wikipedia)
志賀神社の狛犬、その歴史
そして、今回最も楽しみにしていた「狛犬」とのご対面です。
尾崎地区からの遠望写真や所在地(美津島町)の関係から、ずんぐりむっくりの有江系(地元の石工による作品)を想像していました。
ところが目の前に現れたのは・・・

「大きい! 造形が立派! どこかで見たことがある!?」
台座を確認してみると、そこには 「明治三十六年五月吉日」「石工 金原嘉七」の文字が・・・。

なんと、あの古代山城・金田城の鎮守である「大吉戸(おおきど)神社」の狛犬と同じ石工「金原嘉七」(佐賀県小城)の手によるものが、同年(明治36年)に奉納されていたのです。

明治36年(1903年)は日露戦争開戦の前年で、日本全体が外交・軍事的な緊張に包まれていた、激動の時代です。
国防の最前線にいた対馬の人々は、この海の安全と戦勝を願い、(肥前・佐賀の優れた石工の手による)これらの狛犬を奉納したのかもしれません。
無人島の神社の前で、シーカヤックによる冒険と国境の島の歴史がつながり、不思議な感動を覚えました。
悠久の時の流れを感じる帰路

大満足の調査を終え、再びパドルを握って帰路につきます。

金田城のある城山や白嶽は、マグマ由来の火成岩(石英斑岩)でできていますが、対馬の地質の大部分は、千数百万年前に海底に砂や泥が降り積もってできた堆積層「対州層群(たいしゅうそうぐん)」です。

シーカヤックで目の当たりにする地層は、まるで数百万年という膨大な時間を刻んできた「砂時計」のようです。
さらに、海底に(水平に)堆積したはずの地層は大きな圧力を受けて波型に変形しており、悠久の時間の経過と、大地のエネルギー・ダイナミズムを感じさせてくれました。

古くから船人は、(目標物の少ない海上で)特徴的な形状の山々を目印にして、現在地を割り出していました。
双耳峰が特徴的な白嶽が崇敬され、多くの山々に名前が付けられている(177山、国内の自治体で日本最多)のも、そんな理由なのかもしれません。
シーカヤックという冒険の道具を使い、対馬の雄大な自然、そして島の悠久の歴史とロマンを体感した、素晴らしい1日となりました。
艇庫に戻ってくると、もう一社のガイド事業者「対馬カヤックス」のお客様がサンセットツアー(6~7月限定、17:00~20:00ころ)に出発するところでした。
みなさんもぜひ、雄大な自然と悠久の歴史に彩られた、海の旅に出かけてみませんか?


https://kacchell-tsushima.net/archives/11506
https://uminominwa.jp/animation/90/

https://tsushima-eco.com/
https://www.tsushima-kayaks.com/tourism





