「城の歴史と対馬の城(2)古代山城と金田城」(萩原さちこさん)レポート

お城,対馬楽講座

 こんにちは、文化財巡視中に、某神社で高麗青磁と備前焼の大きな狛犬に遭遇し、その奥深さをあらためて実感しているエヌです。

 さて、2026年1月17日(土)に対馬楽講座第9回「城の歴史と対馬の城(2)古代山城と金田城」と、翌日18日(日)に「金田城現地見学会」を開催しました。

 現場を訪問する前に、歴史的背景を学習することで、翌日の見学会がより深いものになります。

 講師にお迎えしたのは、前回に引き続き、お城ファンにはおなじみの城郭ライター・対馬お城大使の萩原さちこさんです!

「城の歴史と対馬の城(2)古代山城と金田城」講座

【講師】 城郭ライター・対馬お城大使 萩原さちこ さん
【日時】 2026年1月17日(土) 19:30~21:00
【会場】 対馬市交流センター3階第3会議室
【参加者】 14名

講座概要

  • 城の種類と歴史(抜粋)
    ・環濠集落~稜堡式城郭
  • 緊迫の7世紀
    ・7世紀頃の東アジア情勢
    ・百済滅亡から白村江の戦いへ
     ・白村江の戦い
  • 古代山城の誕生
    ・古代山城の成立
    ・百済滅亡から白村江の戦いへ
     ・古代山城
     ・朝鮮式山城と神籠石系山城 水城・大野城・基肄城
  • 8世紀以降の古代山城
     ・大宰府、筑紫大宰、吉備大宰・吉備・周防・伊予総領が置かれた地域と古代山城の関わり
     ・大野城

対馬楽フィールドワーク「金田城・現地見学会」

【講師】 城郭ライター・対馬お城大使 萩原さちこ さん
【日時】 2026年1月18日(日) 9:00~15:00
【場所】 金田城(長崎県対馬市美津島町黒瀬)
【参加者】 17名

 金田城入口は駐車場が狭いため、乗り合わせでの登山口へ。
 まずはルートを確認しながら、昨日の講座のおさらいです。

 4つ目の城戸(きど=城門)とされる南門です。
 外部(海)への通路が確認されていないところが謎なのですが、先日訪れた鬼ノ城(岡山県)にも同様の門がありました。
 海への道が消えたのか、石塁の周回用など別の用途があったのでしょうか。

 砲台跡~山頂間の石塁です。
 標高200mを超え、外敵の侵入はほぼ想定できない断崖絶壁にも石が積まれています。
 あえて海から見えるような設計だったのかもしれません。

 登山口~砲台跡までは緩やかな軍道(馬車道)なのですが、そこから山頂までは険しい登りが5分ほど続きます。

 寒さが心配でしたが、天候にも恵まれ、充実した見学会になりました。

 往路はオーソドックスな軍道ルート、復路は東屋(あずまや)から防人(さきもり)住居跡に下り、三ノ城戸・東南角石塁へ。

 三ノ城戸は、高さ6.7mの石積みと、今も機能している水門が見どころです。

 「雉(ち)」と呼ばれる張り出しが見られる、東南角(とうなんかど)石塁。

 城壁の一部を外側に出すことで、側面攻撃(横矢)を行ったり、視界を遮って石垣の全体構造を隠す等の効果があるようです。
 雉は野鳥のキジのことで、自分の体を隠し、敵の監視に長けていることから、朝鮮半島で「雉」「雉城」と呼んだとのこと。

 残念ながら「雉」の部分が崩落しています。
 戦国時代末期になると、隅角部を強固にする「算木積み」が発明され、普及していきます。
 石垣の歴史も、試行錯誤の積み重ねなんですね。

 東南角石塁から防人の掘立柱建物跡を通り、軍道へ。

 こうして、金田城見学会は無事終了しました。
 天候にも恵まれ、充実した2日間でした。

 萩原さん、いつもありがとうございます!
 参加者のみなさま、お疲れ様でした!

おまけ

 講座・見学会が終わって、萩原さんを対馬空港へ。

・・・の途中、「防人の岩屋」に寄り道しました(笑)

 地域の伝承では「防人が寝泊まりをしていた場所」ということなのですが、修験道の行場っぽい雰囲気も漂っています。

 金田城取り巻く謎は、まだまだ尽きることがないようです。