
対馬楽フィールドワーク・神秘の「オヒデリ様神事」レポート
こんにちは、大みそかに今年最後のブログを書いているエヌです。
12月27日(土)「オヒデリ様神事」が開催され、対馬楽フィールドワークとして参加したので、そのレポートです!
- 日時 2025年12月27日(土)13:00~16:00
- ガイド なし
- 訪問地 雷命神社(長崎県対馬市厳原町阿連)~オヒデリ様の祠
- 参加者 21名
オヒデリ様神事とは? ~雨と太陽の神様の物語~
オヒデリ様神事は、厳原町阿連(いづはらまちあれ)に伝わる非常に珍しい民俗行事です。以下はその流れです。
- 神無月(かんなづき。旧暦10月) 阿連の守り神である雷命(いかづちのみこと)が出雲へ旅立つため、里の神様が不在になる。
- お迎え その間、ふだんは山にいる「オヒデリ(御日照)様」に里に降りてもらい、村を守ってもらう。
※雷命は竜神・水神・男神で、オヒデリ様は太陽神・女神。 - 神婚 帰島した雷命は、旧11月1日~11月8日までオヒデリ様とともに暮らす。
- 元山送り 旧11月9日、オヒデリ様を元の山にお帰しする(←本日の神事!)。この際、オヒデリ様は懐妊していると考えられている。
- この神事には、雨(水神、男神)と太陽(女神)が結びつき、里に新しい命(豊穣)がもたらされる、という古い民俗世界が体現されている。
もうひとつの物語、雷命・亀卜と神功皇后(じんぐうこうごう)
神事における雷命は自然神ですが、神功皇后(じんぐうこうごう)の三韓征伐に随行した雷大臣(イカツオミ)としての伝承もあります。
神功皇后伝承
- 神功皇后は、第14代仲哀天皇の皇后であり、第15代応神天皇の母。
- 自ら男装して海を渡り、腹冷石で出産を遅らせながら朝鮮半島の新羅(しらぎ)を征服したという「三韓征伐」の伝説が有名。
- 神功皇后の三韓征伐には、占いを担当した雷大臣のほか、参謀・武内宿禰(たけのうちすくね)、水先案内人の海神・磯良(いそら)など個性的な能力者が随従していた。
雷大臣の伝承
- 雷大臣は皇后の凱旋後も対馬に留まり、古代の占いの技術・亀卜(きぼく)を対馬に伝えた、と伝わる。
- 最初に豆酘(つつ)に住み、阿連に移り、加志(かし)で生涯を終え、加志の太祝詞(ふとのりと)神社に墓所がある。
- 対馬では、能理刀(のりと)神社、霹靂(へきれき=雷)神社が複数あり、いずれも亀卜を行っていたと考えられる。
当日の様子 ~神を背負って川を遡る~
当日のフィールドワークの様子をお伝えします。

集落内の道路は狭いので、漁港に集合し、徒歩で雷命神社に向かいました。

阿連は、対馬の伝統的な半農半漁の暮らしが息づく集落です。

途中、「伝教大師入唐帰国着船之地」の石碑と、新たに設置された最澄さんの銅像を見学。
遣隋使と初期の遣唐使は壱岐・対馬ルートですが、途中から、より危険な五島→東シナ海を横断するようになります。
最澄さんと空海さんは804年に五島ルートで唐に渡り、最澄さんは翌年帰国の際に遭難して対馬に漂着したのです。

大きなイチョウがそびえる雷命神社で、集落のみなさんと一緒に、神主さんに祝詞(のりと)をあげていただき、精進潔斎します。

ここからがユニークなのですが、参拝者は背中に御幣(ごへい)を刺してもらい、全員が神輿(みこし)になってオヒデリ様を山へお運びします。

鐘と太鼓の音に合わせて、独特の掛け声とともに川を遡ります。
「とのばらや、とのばらや、とのばらをもとのお山へお送りもおーす!」
「おー!(あるいは「ひょー!」。シカの鳴き声を模した甲高い声)」

途中、隠れていた子どもたちが大声をあげるので、驚くのがお約束です(笑)
そこで靴を脱ぎ、冷たい川底を裸足でさらに上流へ。
「いてて!!」

慣れてないと歩くのも一苦労。
「無理!無理!無理!」

ようやく、カヤの巨木が目立つオヒデリ様の祠に到着。
川底にロウソクを立て、神主さんが祝詞をあげて、無事、オヒデリ様を山にお帰しすることができました。
最後に占いが行われ、今回の山止め(立入禁止)期間が1日間と決まりました。
オヒデリ様が静かに出産できるよう、雷命神社をふくむ神域への立ち入りを禁じるのです。

雷命は里に戻り、オヒデリ様は神域で出産をして、それは来春、里に新たな恵みをもたらしてくれるはずです。
阿連地域のみなさま、参加者のみなさん、ありがとうございました!
新年もよろしくお願いいたします。
よいお年を!
おまけ

帰路、川底でハート形の石を見つけました(笑)
そのほかの阿連の見どころ
- 日本最古の鉱山跡
- 隕石が落ちたとされる「星池」
- 阿連の洞門
- 阿連の白浜
- 亀卜のウミガメ採集地・大野崎
- オリジナル・マンホール
- 伝統食「せんだんご」づくり

日本最古の鉱山跡

阿連の洞門





