「化石が語る対馬の物語」講座・現地観察会、新たなエコツアーについて
こんにちは、3/16~17(土・日)に開催した化石・地質講座の余韻がまだ抜けない局長Nです。(お彼岸の墓参りのあとも、海辺を歩いて山を越え、ウニの生痕化石を見に行きました)
講座の受講者は59名、現地観察会は42名でした!
現地見学会のメインは、厳原町上槻(いづはらまちこうつき)での化石採掘。
対馬の地下に5キロ以上の厚さで堆積しているとされる対州層群(堆積岩)のうちもっとも古い年代(1800万年前~)の地層です。
講師の(株)親和テクノの青木隆弘さんの指導のもと、岩を割ると・・・淡水性の貝の化石が!
大人たちも夢中、というよりむしろ、大人たちが夢中(^^)
もうひとつの海岸の堆積岩を割ると、植物の化石が。
発見された化石の種類からみて、1800万年ほど前、このあたりは河川近く、あるいは湖の底のような、浅い淡水環境だったようです。
現地見学会のコースは、対馬市役所~東邦亜鉛(株)対州鉱山(化石見学)~厳原町上槻~鮎もどし自然公園~対馬市役所。
お昼は、鮎もどし自然公園(厳原町内山)で、花崗岩の一枚岩とホルンフェルス(堆積岩が花崗岩マグマの熱で変成した岩石)を観察しながら、お弁当をいただきました。
講師の青木隆弘さん、参加者の皆様、東邦亜鉛(株)対州鉱山管理事務所様、ありがとうございました!
スタッフの皆さん、お疲れ様でした<(_ _)>
おまけ
今回の講座・現地観察会の(個人的な)最大の発見は、対馬の95%を占める堆積岩・対州層群の面白さでした。
対州層群の下層・上槻では淡水性の貝の化石が、中層の鹿ノ浦(峰町)・吹崎(美津島町)などでは深海性の貝(化学合成生物群集)の化石が発見されています。
これは、対馬の大地のもとになった堆積環境が、淡水域~浅海~深海へと変化し、その後、地表まで隆起したことを意味しています。
最近の研究では、対州層群の形成期は1800万年前~1600万年前(かつては4600万年前~1400万年前と考えられていました)とされ、その時代の一大イベントといえば
日本列島の形成
です。
アジア大陸東端の陸塊が、対馬南西部を軸として時計回りに40~50度回転し、西日本の原形となったと考えられており、
日本列島を回転させるほどの巨大なエネルギーの支点・作用点が、対馬近海だったことになります。
(あ、wikipediaの「日本列島」にも、「西南日本は長崎県対馬南西部付近を中心に時計回りに40 – 50度回転し、」と書いてあります)
本来水平なはずの地層も、こうなるわな(-_-;)
(写真は峰町志多賀の鹿ノ浦)
もうひとつ、対馬南部の「鮎もどし自然公園」には、花崗岩の一枚岩が露出しているのですが、これは1400万年前のものと考えられ、その時代の大事件といえば、
紀伊半島南部のカルデラ噴火(世界最大級)
です。
そのマグマが冷えてできた巨大な花崗岩(長さ60km、厚さ10km以上)は比重が軽いため、紀伊半島を押し上げて険しい山地を作った、とされているわけですが・・・
厳原町内山にも巨大な花崗岩が露出しており(美津島町の鶏知ダムの地下750mにも花崗岩が伏在しているらしく、かなり広い範囲になります)、対馬南部を持ち上げたのかもしれません。
現在は火山活動や地震がほぼなく、静かに見える対馬の化石・地質・地層が語っていたのは、
激動の「日本列島誕生史」
だったのです。
おまけ2
峰町歴史民俗資料館の前庭に展示されている深海性の貝類化石が含まれる石灰岩。
美津島町吹崎のウニの化石(の一部・・・)。
吹崎は、シーカヤックの拠点である箕形(みかた)に近いので、地質・地層・化石を観察するあらたなシーカヤックツアー・エコツアーが成立するんじゃないか?!
うふふ(-_-;)