対馬の神社・神話めぐり ~イソタケルの旅~

2021/07/13

茅の輪くぐり(八幡宮神社)

 こんにちは、探検癖に火がついているアイアム冒険おじさん(おもに砲台とか神社とか)ことエヌです。

 さて、今年(2021年)の6月に、八幡宮神社(長崎県対馬市厳原町中村)と、和多都美神社(対馬市豊玉町仁位)に

「茅の輪(ちのわ)」

 が設置されました。(6/30に大祓神事)

八幡宮神社(茅の輪)
写真: 厳原八幡宮(令和3年6月30日)

 もともとは、京都の八坂神社(祇園社)で、疫病退散を祈願する「茅の輪くぐり」「夏越の大祓」を行うためのものですが、昨年・今年は新型コロナウイルスの終息を願い、多くの神社に設置されているようです。

 八坂神社の祭神であるスサノオを祭る神社が対馬にもいくつかあるのですが、「対馬神社ガイドブック~神話の源流への旅~」(2017年3月)を書いた際に、

「出雲の神がなぜ対馬で祭られているのか?」

「出雲と対馬で直接的な人の交流があったのか?」

 と不思議に思っておりました。

 ちなみに、

「津島神社」(愛知県津島市)の祭神スサノオは、対馬からやってきた

 という伝承があり、疫病神であり防疫神でもあるスサノオの話など、かなり面白いので過去のブログをご参照ください。
(「津島神社」は、全国の津島神社・天王社3000社の総本社!!)

「スサノオ、愛知県津島市、信長、対馬の意外な関係について」 エヌの世界ブログ 2013/02/22

 で!!

 高天原(たかまがはら。神々の世界)を追放されたスサノオは、子どもの五十猛(イソタケル/イタケル)を連れ、まず朝鮮半島・新羅のソシモリに降臨したがそこが気に入らず、対馬に立ち寄り、出雲(いずも。島根県)にたどり着いた、という展開なのですが・・・。

 狛犬目当てに海祇神社(わたつみじんじゃ。美津島町島山)を訪問し、

写真: 海祇神社(美津島町島山)の狛犬

 何気なく石灯篭に目を向けると、

「奉寄進 島根縣迩广郡大浦 市川治三郎」 (大正15年)

 の文字が(読めない!)。

 対馬の神社には、各地から来訪した漁民が鳥居や灯篭などを寄進する例があるので、「出雲かあ、ニマ郡ってどこやろ?」と思って検索してみると、

 現在の、島根県大田市五十猛町

五十猛町(いそたけちょう)!!

 そう、この地には、スサノオとイソタケルが最初に上陸したという伝承があり、町名(学校も、郵便局も!)になっていたのです。

 古代において対馬は(貝の流通などから)、北は朝鮮半島・大陸、南は九州、東は青森・三内丸山、西は沖縄まで、広大な海路で繋がっていました。

 イソタケルは、対馬に立ち寄り、植樹を行いながら旅を続け、日本を豊かな森の国にして、和歌山=紀伊國=木の国でも篤く信仰され、紀伊国一の宮「伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)」の主祭神になりました。

 神社の伝承はいわゆる正史ではありませんが、何らかの歴史的事実を秘めているのではないかと感じています。

 対馬と出雲もまた航路で繋がり(航海は危険なので神々に祈りながら)、それぞれが信仰する神々の痕跡を残してきたのかもしれません。

 上記のブログでも紹介していますが、対馬の伝承では、

「志多賀北部の神山は、スサノオが植樹した山であり、伐採してもかまわないが、根を掘って樹種を絶やすようなことをすると、おそろしい神罰が下る」(「新対馬島誌」)

 という、植樹と伐採に関する強烈なタブーがありました。

「オソロシドコロ」に匹敵する、「不通浜(とおらずがはま)」のタブーも・・・。

 

 これらの信仰が、対馬の森を守り、生態系を維持し、神域としての環境を今に伝えてきたのは間違いありません。

 スサノオとイソタケルが対馬に立ち寄らなければ、対馬の自然・歴史は変わり、出雲神話や日本の歴史そのものが変容していたかもしれません。

 ・・・と大きく展開したところで、このお話はここまで~。

 明日6/30は夏越の大祓。

 年末の年越神事と同じく、半年分の穢れを祓う日です。

 これから気温が上がり、心身の不調が出やすい季節でもあります。

 イソタケルの父神である防疫神スサノオに、健康とコロナ退散を祈願してみませんか?