対馬砲台群を歩く~誉(ほまれ)ポテチと海軍要港部~

2021/07/13

竹敷・給水施設

 こんにちは、「対馬砲台あるき放題」(対馬の砲台に特化したマニアックパンフ)から9年、何度目かの砲台熱に取り憑かれているエヌです。

 かつて海路で行った「四十八谷砲台」に、陸路から挑んでみようかな~、とひそかに検討中です。

 さて、今回は、ポテトッチップスと明治時代の対馬の海軍施設のお話です。

 今年も、「対馬の浜御塩(はまみしお)」を使った「夏ポテト」(カルビー)が発売されましたが、

カルビー夏ポテト「対馬の浜御塩」
写真: カルビー夏ポテト「対馬の浜御塩」

 対馬の元寇を扱ったゲーム「ゴーストオブツシマ」の主人公・境井 仁(さかい じん)の名言

誉(ほま)れは浜で死にました

 さらに敵役・コトゥン・ハーンの名言

誉れでも食って飢えをしのぐがよい

 と「浜御塩」をひっかけ、

誉ポテチ

 と呼ばれ、ファンの間で人気を集めています。

 この「浜御塩」を製造している「株式会社 白松(はくまつ)」さんの塩工場があるのが、対馬市美津島町竹敷(つしまし・みつしままち・たけしき)なのですが、

>>「恵みの歳時記 対馬の塩」(長崎県広報誌「ながさき にこり」)

 竹敷地区は、明治時代に、日本最初の海軍要港部があった重要拠点で、現在でも海上自衛隊対馬防備隊本部が置かれ、竹敷工場の近く(というか、ほぼ同じ場所)の「深浦水雷艇隊基地」跡は、近代土木遺産Aランクに指定されています(すごいぞ!)。

深浦水雷艇隊基地跡
写真: 深浦水雷艇隊基地跡

>>要港部 (Wikipedia)

 さらに!

 竹敷で水雷艇隊・駆逐艦隊を率いて日清戦争・日露戦争の勝利に貢献した鈴木貫太郎は、のちに昭和天皇の意向を受けて戦時体制最後の総理大臣となり、太平洋戦争を終戦に導きました。

>>「日本のいちばん長い日」と鈴木貫太郎について(エヌの世界ブログ 2015/08/10)

 ゴーストオブツシマは鎌倉時代の元寇のお話ですが、浜御塩が生み出されている竹敷は、明治の日清・日露の「誉れ」に関係する場なのでした。

 このくだりは、NHKドラマ「坂の上の雲」と、「日本の一番長い日」(2回映画化)などで紹介されているので、誉ポテチを食べながら見てくださいね。

日本のいちばん長い日 予告篇95秒

 で!

 先日、白嶽(しらたけ)周辺をウロウロしていて、この海軍の拠点「竹敷」に水を供給するための施設をいくつか見つけたので、紹介です。

しらたけエコーライン
写真: しらたけエコーライン

 歩きはじめと目的地が離れているので、目的地近くの「しらたけエコーライン」に自転車を設置。

貯水池

 地図で気になっていた貯水池に到着。

給水管

 古い給水管がありました。

貯水池その2

 明治のころ?の石積みが残っています。
 今回は山の斜面を強引に歩いて先に進みましたが、別ルートで迂回しないとちょっと危ないです。

謎の構造物

 レンガの謎の構造物。高さは1.5mほどで、左側につながる橋桁っぽい感じ。

軍道

 軍道っぽい道を進んでいくと・・・

海防

 海軍の軍事境界標石、通称「海防」を発見。海軍の軍道でした。

白嶽と水源の分岐点

 右に1.0km進むと白嶽の登山口ですが、今回は左側、渓流沿いに進みます。

給水管

 古い給水管がところどころ露出しています。

海防

 またまた海防。

しらたけエコーライン分岐点

 しらたけエコーラインに合流しましたが、もうちょっと進みます。

水源・立入禁止

 そのまま歩いていくと、「中部地区簡水洲藻第1水源 立入禁止」と書かれたフェンスが。

白嶽を望む

 明治時代の水源が現在も使われていたことに驚きつつ、自転車を置いた展望所まで歩いて戻りました。

 国防の最前線・対馬には、

7世紀の「白村江の戦い」(と金田城築城・防人派遣)、

鎌倉時代の元寇(蒙古襲来)、

室町時代の応永の外寇(朝鮮水軍の対馬侵攻)、

戦国末期の文禄慶長の役(豊臣秀吉の朝鮮出兵)、

明治期の日清・日露戦争、

昭和期の太平洋戦争(豊砲台)、

 などあまたの攻防の歴史が刻まれているのですが、

 明治期の軍事施設もまだまだいろいろ眠っているのでは、と感じました。

桶尻山・海軍臨時砲台

 ちなみに、2月にさまよった尾崎半島(美津島町)の桶尻山(聖山)の謎の施設は、海軍の臨時砲台だったようです。

>>国境の島・対馬の砲台めぐり 聖地・尾崎半島探検~多功崎砲台・樫岳砲台・樋尻山編~(YAMAP 2021.2.13(土))

 さらに、5月には見世浦(豊玉町)で石切場を発見しました。

 奥が深いなあ(-_-;)