「歴史と伝承の里『阿連(あれ)』を歩く」について(報告)

2021/04/07

阿連

 こんにちは、昨年のイベント報告が年越しするとさすがにマズいので、大晦日にブログを更新している局長Nです。

 よいお年を!(殴)

 2012年12月22日(土)、本年最後のイベント「歴史と伝承の里『阿連(あれ)』を歩く」を開催しました。

 参加者24名は、対馬市役所前からバスに乗り、上見坂(かみざか)公園経由で一路、厳原町の阿連へ。

上見坂公園

 上見坂公園は、九州百名山の白嶽(しらたけ)や浅茅湾を一望できる景勝地です。

上見坂堡塁

 ・・・景勝地なのですが、公園の背部は明治時代に日露戦争に備えて建造された「上見坂堡塁」(ほうるい。防御型の砲台)になっています。

阿連の海岸

 阿連に到着した一行は、まず海岸を歩いて今回の目玉「阿連の洞門(どうもん)」を目指します。

漂着風船

 中国(台湾?)から漂着した風船。

阿連の海岸

 かつて阿連は陸の孤島で、海が荒れて船が使えないときは、隣の集落・小茂田(こもだ)まで海岸沿いの道を歩くしかありませんでした。

阿連の洞門

 で、ここが難所。

 巨大な岩塊が道を塞ぎ、満潮時には渡れないのです。

阿連の洞門

 昭和初期、石工さんと集落の皆さんが、人力で掘り抜きました。

落石

 もともと崩れやすい地質だったようで、現在も崩落が見られます。

 地域の歴史が刻まれた貴重な遺構なのですが、自然の力と時間の経過には勝てないようです。

阿連の洞門

 この洞門が使われていたころに落石事故もあったようで、見学の際は崖側には近づかず、十分に注意してください。

最澄の記念碑

 さて、洞門をあとにした一行は阿連の集落内へ。

 弘法大師・空海と並びたたえられる、天台宗の開祖・最澄(伝教大師)は、遣唐使として唐に渡り、帰路、阿連に漂着しています。

 805年のことでした。

農村風景

 集落の西は荒々しい外洋(対馬海峡西水道)なのですが、集落内には穏やかな農村風景が広がっています。

石屋根

 対馬の伝統的建築物の石屋根倉庫と、漬物用?の大根。

せんだんご製作中

 「せんだんご」を作っているところ。

 「せんだんご」は、サツマイモを発酵させてデンプンを取り出し、保存用に乾燥団子状にしたもの。

 対馬の伝統的な黒い麺料理「ろくべえ」の原料になります。

農機具

 古い農機具が残っていました。

 集落の奥には広い畑や水田があり、炭焼き小屋や蜂洞(はちどう。ニホンミツバチの巣箱)などもあり、7世紀に遡ると伝えられる日本最古の鉱山跡や、珍しいお日照様(オヒデリサマ)などの神事も伝承されています。

 阿連は、対馬の伝統的な生活を今に伝える貴重な集落なのです。

参加者の皆さん

 参加者のみなさん、ありがとうございました。

 ブログを読んでいただいている皆様、2012年はたいへんお世話になりました。

 2013年最初のイベントは、1月6日(日)に開催する九州最強のパワースポット・対馬の式内社で大開運!の予定です。

 新年もよろしくお願いいたします<(_ _)>